既存ビジネスを「ノマド化」する(その2)

私は、2006年の4月末で会社を辞めて独立しました。ちょうど30歳になる年でした。

独立した時の夢は、 「オシャレなカフェやホテルのラウンジで仕事をすること」。

ちょうどライブドアショックがあった年でしたが、いわゆる「ヒルズ族」の人達がまだまだ注目されていた時代で、私もこれに憧れ、1人で六本木ヒルズ内にあるグランドハイアットホテルに行ってみました。 当時は横浜に住んでいたので、横浜のランドマーク隣のロイヤルパークホテルや、海に面したインターコンチネンタルホテルにも行きました。

どこにいても、誰からも束縛されない。 パソコンの前に座れば、そこにはサーバー世界を通して、自分の仕事が待っている。 本当に充実した気持ちを味わうことができました。

でも、その時は同時に、 「いつまでもこういった状況が続く保証はない」 という不安もありました。

「これから、一生雇われることはないんだ」

ホテルのラウンジで、周囲の人波や景色を眺めながら、私は自分に言い聞かせ、それを続けていくことを胸に誓いました。

当時はまだ「ノマド」という言葉は耳にしませんでしたし、そういう言葉があることさえ知りませんでした。しかし、

まぐまぐの深水英一郎さん、
2ちゃんねるのひろゆきさん、
シリコングラフィックスのジム・クラーク、
ネットスケープのマーク・アンドリーセン、
Yahooのジェリー・ヤン、
eGroupsのスコット・ハッサン、
Googleのラリー・ペイジ、
などなど…。

「パソコン1台で世界を変えた」人たちを知っていたので、自分もその一員に加わりたいと思っていました。

ところが当時の私は、自分が立ち上げたインターネットサービスがあったものの、それだけで食べていくには不安がありました。 したがって独自のインターネットサービスと、システム開発の「受託業務」をやりながら、生計をたてていくことにしました。

独立してすぐに、システム開発の取引先の担当者から、「うちに常駐してもらえませんか?」という打診を受けました。 私にとって、それはなかなか受け容れ難いことだったのですが、安定的な売上が見込めると考え、OKしました。

ただし、完全に常駐という形ではなく、 「週に3回、1回あたり4時間の滞在」 という条件の契約でした。つまり、半常駐ですね。

残りの時間は自分のビジネスに費やせるように、私のほうから条件を提示して交渉したのです。

なぜそのような交渉をしたのか。

実は、私は24歳でフリーランスとして働いていて、ある製薬会社に常駐していた時期がありました。 その時、同じくフリーランスとして参加していた50代の男性が、「週に3日、1回あたり4時間常駐する」という形態をとっていて、それ以外は自分の会社の仕事をされていたのです。

そのくせ、製薬会社からは当時の私より多い報酬をもらっていたのです。 また彼は、自社の社員もこの製薬会社に常駐させ、そのマージンもとっていたようです。

彼は日本とハワイに家を持ち、月に一度は日本とハワイを行き来していました。 ハワイでも何かの仕事をしていて、そこからも収入があるようでした。 当時の私には、彼が「金持ち父さん」の「ロバート・キヨサキ」とかぶって見えました。

彼は完全にリタイヤしていたわけではありませんが、私から見たら「理想の生活」を送っていて、悠々自適に過ごしているように見えました。 そして私も、本格的に独立した際には、このようなライフスタイルを送りたいと思ったのです。

あの時彼に会っていなければ、私の方から「半常駐」という形を提案するといったアイディアは、思い浮かばなかったかもしれません。

こうして私は、週に3回は束縛されながらも、その後は自由な時間を作ることができるようになったのです。

それでもまだまだこの時期は、今の「完全ノマド生活」と比べると、制限が沢山ありました。 それを1つ1つ解決していったのです。

次回はそのステップをお教えしますね。

【マーベリックWEBメディア部】コーチ J(ジェイ)

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